頸動脈小体腫瘍の発症、腫瘍進展に関わる遺伝子・蛋白発現についての検討

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研究担当者

小澤 宏之・吉浜 圭祐

研究目的

頸動脈小体腫瘍は頸動脈分岐部に発生する腫瘍で、病理組織学的には傍神経節腫(Paraganglioma)です。その約10%は家族性にみられることが知られています(Uenlue, Ann Vasc Surg 2009)。多くは良性腫瘍でありますが、血流豊富で易出血性であり、増大とともに頸動脈を取り囲む様に進展します。増大した腫瘍の根治治療としては手術による摘出が第一選択ですが、動脈壁や周囲の神経に浸潤する事があるため、手術には大量出血・頸動脈損傷に由来する脳梗塞・脳神経障害などのリスクが伴います(Amato, AmJSurg 2014)。

さらに頸動脈小体腫瘍の約5%の症例は悪性であり、リンパ節・肺・肝臓・骨などへの転移を認めます。悪性頸動脈小体腫瘍の5年生存率は50%と予後不良です。頸動脈小体腫瘍の自然経過および悪性化についての過去の検討は乏しく、今後の検討が待たれる状況です。頸動脈小 体腫瘍と 同 じ傍神経 節腫の中 に は、副腎 髄質由来 の 褐色細胞腫(Pheochromocytoma)があります。褐色細胞腫を含めた傍神経節腫が家族性に見られる場合があり、遺伝性傍神経節腫‐褐色細胞腫症候群(HPPS)と呼ばれています。近年、SDHD, SDHBといった幾つかの遺伝子の変異が、HPPSの原因として報告されています。特にSDHB遺伝子変異を伴う傍神経節腫では悪性化率が高いという報告があります(表1)。

表1 傍神経節腫の原因遺伝
SDHB変異は悪性化率が高い。Offergeld C, et al: Head and neck paragangliomas: clinical and molecular genetic classification. CLINICS, 67: 19-28, 2012より転載。

頸動脈小体腫瘍とHPPSは病理組織学的には似通った疾患であると考えられ、遺伝子変異を含めたその原因もオーバーラップしている可能性が考えられます。しかし一方で頸動脈小体腫瘍そのものを対象とした遺伝子変異研究はまとまった報告がほぼありません。我々は、頸動脈小体腫瘍の原因となる遺伝子変異について明らかにするとともに、臨床情報と手術検体中の蛋白発現を検討することで、その発症・自然経過・悪性化に関する病態解明を目的として研究を行っています。本研究は慶應義塾大学医学部、および東京医療センターの倫理審査委員会の承認のもとで行っています。

研究方法

慶應義塾大学病院で、頸動脈小体腫瘍と診断された患者さんを対象とします。ただし未成年の方など、インフォームドコンセントが得られない方は除外します。対象となる患者さんに対しては、研究責任者および研究分担者が、本研究内容についての説明文書・同意書を用いて直接に説明を行います。本研究はヘルシンキ宣言を遵守し、プライバシー等の個人の人権が侵害されることがないように努めております。

図1 研究工程フローチャート

同意が得られた方より、慶應義塾大学病院外来採血室または耳鼻咽喉科外来にて血液(約20ml)を提供いただきます。その血液よりDNA抽出を行い、第1段階として特定の遺伝子の変異を、サンガー法などの直接シーケンスを用いて検索しています。HPPSの原因遺伝子としてSDHB, SDHD, SDHAF2, SDHC, VHL, TMEM127, NF-1, RETなどが過去指摘されていますが、こうした原因として可能性が高い特定遺伝子について、変異の有無について解析を行う計画をしています。上記にて原因となる特定の遺伝子を推測することが困難な場合には、原因となりうる新規遺伝子の変異を検索するため全エクソーム解析を行います。

本研究では慶應義塾大学病院の患者さんを対象とします。遺伝子解析は検体の取り扱い、遺伝子情報の抽出、解析結果の解釈、成果発表の手法などにおいて高い専門性の求められる分野です。本研究では東京医療センター臨床研究センターと共同で遺伝子解析を行うことで、遺伝子解析に長じたスタッフとともに、正確かつスムーズな研究の遂行や結果の解釈などを進めています。

上記の遺伝子解析と並行して、診療録より得られたデータを解析し、遺伝子変異との関係性について検討します。また手術治療を行った症例では、手術で摘出した腫瘍を用いた遺伝情報の解析やタンパク発現についての免疫組織学的検討を行います。

対象の方から提供して頂いた検体や臨床情報と個人を特定できる情報(個人識別情報)は分離し、代わりに新たな登録IDを附加することで情報管理を徹底しています。

研究で得られた解析結果は、希望があった場合、提供者の方のみに開示説明します。この開示にともない、慶應義塾大学病院耳鼻咽喉科外来にて、臨床遺伝専門医が検査結果に基づいた遺伝カウンセリングを受けることができます。

SDHの遺伝子変異とタンパク発現、その機能について

HPPSの原因遺伝子として、SDHB, SDHD, SDHAF2, SDHCといった遺伝子が過去報告されています。SDH(Succinate Dehydrogenase;図2)とは、ミトコンドリア膜内部に存在する酵素複合体であり、コハク酸(Succinate)をフマル酸(Fumarate)へ分解する機能を持ちます。その機能不全が生じると、細胞内にコハク酸が蓄積し濃度が高まると、HIF1αの分解が阻害されます。HIF(低酸素誘導因子:Hypoxia Inducible Factor)とは、細胞内が低酸素状態になると蓄積される物質であり、多くの腫瘍において、腫瘍を増生させる作用がある事が知られています。HPPSあるいは頸動脈小体腫瘍において、SDHの機能不全が起こることによりHIF1αの蓄積(言い換えれば、細胞内の擬似的な低酸素状態)が引き起こされ、その増悪の引き金になっている可能性があります。

図2 SDHとHIF1αの関係
Selak MA, et al: Succinate links TCA cycle dysfunction to oncogenesis by inhibiting HIF-alpha prolyl hydroxylase. Cancer Cell 7: 77–85, 2004より転載。

この研究の成果は、頸動脈小体腫瘍の早期発見・早期治療に寄与できると考えています。腫瘍の進展に伴い手術治療のリスクも高くなるため、これは疾患予後の改善にもつながるものと期待しています。さらに、頸動脈小体腫瘍の遺伝子診療が実用化できれば、正確な診断・予後の予測・随伴症状の予測・治療法の選択、また遺伝カウンセリングの指針の作成など活用できれば、臨床に還元し患者さんへの利益となることを目指しています。

さらに、頸動脈小体腫瘍の増殖や悪性化のメカニズムを解明することにより、今まで手術以外の治療法が取りづらかった頸動脈小体腫瘍の患者さんに対して選択できる、新規薬剤の開発に応用できる可能性があります。

学外共同研究者

松永 達雄(東京医療センター臨床遺伝センター センター長、臨床研究センター 聴覚・衡覚研究部 部長)

サポートを受けている研究費

慶應大学医学部耳鼻咽喉科腫瘍班指定寄付(管理責任者 小澤宏之)

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